ステキな錯誤

第16弾は「記憶錯誤」。『ココロの盲点』の中でもMRにとって重要なバイアスです。我々は消費者(調査対象者)の記憶を調査しているといっても過言ではありません。このひと月の間に何を、どこで買って、どうしたか、評価はどうだったか、などをいつでも調査しています。この 質問に対して対象者は自分の記憶を頼りに回答しています。ところが、この記憶が相当歪められていることは昔からわかっています。ただ、これは脳のクセですから、そういうものだとして結果を分析するより仕方ありません。第2回アウラ・コキリコセミナーでは「コグニティブインタビュー」を取り上げて、対象者の記憶の歪みをできるだけ修正する方法を犯罪捜査の手法を借りてアプローチしました。スッキリした成果はでませんでしたが、今後もこのテーマを取り上げていく予定です。

昔、テストマーケティングが盛んだった頃、岡山と広島を対照にして新製品の売上予測をやりました。その調査の中で新製品の認知経路の質問の選択肢を「新聞広告、新聞チラシ、TVCM、ラジオCM、店頭POP、店頭で、友人・知人から、その他()」にしました。(当時はネットはありません)結果を見て驚きました。TVCMを入れていない岡山でTVCMの認知経路が広島と同じ位の割合で出たのです。(テストマーケですからTVCMをコントロールした)この解釈、事後説明には相当苦労した記憶があります。この事例は今回の「記憶錯誤」よりも「確証バイアス」かもしれませんが、とにかく我々の記憶は正確さよりも「役に立つか」どうかを基準にしているようです。何の役に立つかといえば、「生き残るため」でしょう。池谷先生も最後に記憶錯誤する脳を「ステキ」としていました。

スローよりもファーストな意思決定をみがけ!

第15弾はかの有名なプロスペクト理論。『ココロの盲点』のなかでもこれだけが「理論」と標記され、効果とは違った深さを感じさせる。カーネマン・トベルスキーの『ファースト&スロー』は読んではいる。人(の脳)は冷静に落ち着いてスローな判断よりも感情に動かされたファーストな判断をする。得する時は確実性を、損する時は可能性に賭ける傾向があり、その傾向は金額の多寡によっても変化する。

消費者調査をしているとプロスペクト理論の現場によくぶつかる。清涼飲料と住宅の購入意思決定を比較すると、清涼飲料はファーストな意思決定で住宅はさすがにスローに検討し、決定までにいろいろな要素を比較検討すると考えるのが普通である。ところが、住宅の購入でもスローな検討をする前にファーストな意思決定はなされていて、それを納得させるためのスローな検討らしい。しかもコノファーストな意思決定の方がその後の満足度が高い。昔、マンションのインタビューで、ある主婦が、買い物帰りに駅前のモデルルームに何気なく寄って見て気に入って、仮予約し、その夜ダンナと相談して、翌朝手付金を持って行ったという体験を語った。もちろん、その後、いろいろ資料を取り寄せて夫婦で検討したが、最初の決断は間違っていなかったという結論だった。感情に大きく影響されるファーストな意思決定はあらゆる場面で有利なのかもしれない。理性に訴えるより、感情に訴えることが得意なマーケティングの得意分野である。バカにされるマンションポエムもなんらかの効果があるのかもしれない。

自分のものはかわいい

『ココロの盲点』シリーズ第14弾は保有効果。脳は手に入れたものに愛着を感じ、手放すことに抵抗を感じる傾向があるそうです。持っているCDを友人が欲しいと申し入れた時、多くの人は買った時の値段以上の値付けをする。持っている株の売り時が遅れる、読まない本を売らないで本棚をいっぱいにするなども保有効果とされます。また、長く付き合った恋人同士ほど別れるチャンスを失いやすいらしいです。ただ、保有効果もそうですが、こういったバイアスはココロの安定に役立っている気がします。手に入れたものに愛着がわかず、手放すかどうかをそのものの現在価値を冷静に測定して決める、と言うのは何か殺伐としている気がします。別れる別れるといいつつ、何年も持っている恋人や夫婦、あるいは辞める、辞めると騒ぎつつ、いつまでもいる会社・職場、などは保有効果なのでしょうが、何か人間味がありそうです。

MRで保有効果が問題になりそうなのは、Aブランドのユーザーで、A・Bブランドの一対比較をさせるとAの評価が高くなるという状況になりそうですが、現場ではあまり気にせずに「ユーザーなんだからそうだろうな」程度で処理していそうです。ブランドイメージも現ユーザーの方が良くなるのは保有効果を持ち出すまでもなく常識だろうと思います。この保有効果とサンクコスト効果は似ていそうです。

繰り返しと発話・発語でブランドロイヤリティ

『ココロの盲点』シリーズ13弾目。テスティング効果。池谷先生の得意分野の記憶の問題。脳はインプットよりもアウトプットを重視して記憶すべきこと、長期記憶に保存すべきことを判断している。だから、明日の試験対策としては、たくさん憶えようとインプット(教科書を繰り返し読む)よりもアウトプット(小テストを繰り返す)方が有利だそうです。

あるブランドのユーザーのFGIの時、FGIが終わる頃はほぼ全員が、そのブランドのロイヤルユーザーとして確信に満ちた顔つきになります。リクルーティング段階では単なるヘビーユーザーだった対象者もFGI中にそのブランドについて何回も発言(アウトプット)するうちに記憶内容が強化され確信的記憶となったブランド名が脳に刻まれたと解釈できそうです。ここからマーケティングの基本として「繰り返し」と「アウトプット」が重要であるとのことがいえます。繰り返しは当然として、アウトプットを促す施策として発言・発話を促すことが重要です。リビングでTVCMに10回接触してもらうより、Webキャンペーンでブランド名をキワード検索(発話・発語)してもらう方がブランドの記名(認知率)アップにつながると考えられそうです。これはテレビなどの受動的媒体よりもWeb検索などの能動的媒体が有利であることを意味します。重要なのは消費者に情報を流し込むより、絞り出してもらう方が効率的ということです。これら絞り出す場面をハブとしてコントロールできれば「自然な」インフルエンサーマーケティングが可能かもしれません。

「少数の法則」はリサーチャーの宿命

『ココロの盲点』シリーズ第12弾は 「少数の法則」。少数の法則だけでは何なのかさっぱり見当がつきません。本では、ハトにブザーが鳴ったときにレバーを押せば餌が出る訓練を充分に行い、「ブザー → レバーを押す → 餌にありつける」との学習が成立したところで、ブザーもレバーも関係ない時に突然、餌をだすと、ハトは奇妙なダンスするそうです。(実験結果もある)餌が出る因果関係は理解(体に染み込んだ)していたはずなのに何故、今、餌が出たかの因果関係はわからない。そこで、餌が出た瞬間の体の動きを繰り返すのだそうです。脳はどんなことにも法則化したがるクセがあり、数少ない成功体験から定式化された「儀式(ハトのダンス)」を生みます。これがゲンかつぎ、迷信、などが生まれる原因です。これに確証バイアス(第2弾)が加われば「信念」になります。そして、こういった慣例はなかなか消えず、それを消去抵抗が大きいと言うそうです。

少数の法則といえるかどうか自信はありませんが、トレンド調査で、特定のデータの対前年比が大きく動いた時、データの精度をチェックする前にその動きの理由を考え始めてしまうのがリサーチャーではないでしょうか。その動きに対してある仮説があてはまりそうだと一層、データの解釈(因果関係の推定)に突き進みます。同時にデータチェックをやれば問題ないのですが、時間がなかったり(納期)、解釈が面白すぎるとチェックが甘くなってとんでもない失敗につながることがあります。因果関係を考えたがる脳のクセはリサーチャーで著しいのかもしれません。

もとよりサンプルサイズの小さい定性調査では、少数の発言から膨大なストーリーを作ってしまいます。このストーリーづくりが分析者の能力と言っても過言ではありません。「行動がまずあって、あとからその理由を考えるのがヒトの行動パターン」が事実であれば、インタビューの対象者も偉大なストーリーテラーなわけで、それも元に分析するのは物語を物語で表現することになります。そこにはデータの精度という考えは入り込めません。

少数の法則の実体験としてかつて「日曜日の夜の個性的な人々」http://blog.hatena.ne.jp/auraebisu/auraebisu.hatenablog.com/edit?entry=8454420450094595545

という記事をアップしました。これは典型的な少数の法則で、我々の周りはこれが溢れているようです。

状況をどう枠取りするかで評価が正反対のことも

『ココロの盲点』シリーズ第11弾はフレーミング効果。本の事例は、コンサート会場に前売り券を忘れて来た人と、来る途中で入場料と同じ額を落としてしまった(前売り券無し)人で、会場で切符を買う可能性はどちらが高いか。に対して後者であるとしています。確かにそうでしょうが、これは情報フレーミング(第4回)とサンクコスト(第8回)との合わせ技のような気がします。情報フレーミングは情報を出す側が意図的にフレームしますが、フレーミング効果は置かれた状況の認識の問題と考えるべきなのでしょう。

フレーミング効果といえるか微妙ですが、MRの世界で出くわす事例で、ある食品を食べたとき、あまり美味しくない、と感じたとします。その時、いつもそれを食べている人は「アレ、今日は自分の体調が悪いのかな?」と考えて、次の機会でも食べるのに、それをあまり食べたことのない人は「これは不味い(ものなんだ)」として次回からは手を出さないということが言われます。FGIでの味覚評価でこのフレーミング効果がよく観察されます。この効果を無視して分析・コメントするのは危険です。

ハロー効果とインフルエンサーマーケティング

『ココロの盲点』からのネタもらいシリーズ第10弾は「ハロー効果」。ハローとは聖像の頭部上に描かれている輝く環(輪)のことだそうです。仏像でいうと「後光、光背」のことでしょう。宗教的解釈になると「わけもわからず恐れ多い」「思わずひれ伏す」状況です。そこまでいかなくて、脳は全体をくまなく観察して判断するのではなく、目立つ一部分に注目して判断するクセを持っている。だから光輝く部分に注目してしまう(ハロー効果)のだそうです。ここから「人は見た目が90%」のような事になります。

もう既に下火なのかもしれませんが、インフルエンサーマーケティングということが言われます。ネットワークのハブになっている人に商品を推奨してもらい、広くユーザーを獲得するということらしいです。当然インフルエンサーはそのジャンルの有名人であることが多く、ハロー効果を使ってインフルエンスしている部分も大きいと思われます。ここで考えると、今や落ち目のテレビCMでも有名タレントを使って商品の優秀性を訴求(誤認)させているわけですからハロー効果を使っていることになります。インフルエンサーマーケティングって結構古臭い概念かもしれません。

あまりたしかな記憶ではありませんが、だいぶ前にダンカンワッツがYahooに転職してデータ解析したところ、インフルエンサー的動きをするハブはどう分析しても発見できなかった、と言っていました。自然なネットワークに、ある情報だけ、爆発的に行き渡らせることは出来ないのでしょう。もちろんそういった現象は頻繁に起きていますが、人為的コントロールは不可能と考えていいと言えそうです。

もうひとつ、油谷さんがいっていたことですが、モデレーターは光(明るい面)を背景にして座ってはいけない。(窓を背後に背負う、明るい光源を背にする)ハロー効果の影響で対象者がモデレーターの言うことに共感しやすくなる。とのことです。考えてみるとインタビュールームでは鏡を背負ってモデレーター席がセットされるのが普通です。いまのやり方はハロー効果のバイアスがあるのかもしれません。