我々の理解は連言の中にある

第26弾は「連言錯誤」これは世間では「リンダ効果」と言われてよく知れれているし、よく例に出されるバイアスである。池谷先生は学者らしく集合の問題として説明されている。ただ、リンダ効果と云われるものは、集合では解決できない要素を持ち合わせていて「脳は特徴のある言葉にひきずられてものごとを判断する傾向があります」とのバイアスの原因の説明にはリンダ効果がフィットする。

マーケティングではこの連言錯誤やリンダ効果を意識的に使うことは少ない。リンダ効果は講演会などの前フリとして使われることが多く「アタマのいい人ほど騙されやすい」などと聴衆をくすぐる道具である。連言錯誤は調査票の質問文の作り方、質問の順序できをつけるべき場面がある。ある製品の特徴を説明してしまう質問文の後にとうの製品の特徴理解・共感を聞くような質問をしてはいけない。質問が連続していればすぐに気づくが、離れているとうっかりすることが多い。

そういえば、我々の理解や評価はこの連言錯誤の連続かもしれない。集合や統計・確率の話しとして日常を理解することは難しい。

ところで、ジンクピリチオンって何だったの?

第25弾は「ジンクピリチオン効果」科学者のマーケットでは「わけのわからない専門用語でケムに巻く」ことを言うらしい。池谷先生が例に上げたのは「一酸化二水素」は規制すべきかという質問に多くの人が規制すべきと答えること。もちろん、これは水のことだからそもそも設問自体に意味がない。なのにそれらしい用語(専門用語くさい)を用いられるともっともらしい反応になる。

ジンクピリチオン効果はマーケティングから出たコトバなので、マーケティングはこの効果を狙っていると言っていい。ウソでもいい(いけない!)からそれらしい専門用語的表現をもってくるとコンセプチュアルな印象を演出できる。ジンクピリチオンはシャンプー出身だが、日用雑貨、化粧品ではこのジンクピリチオン効果ねらいが多いようだ。ヒアルロン酸コエンザイムQ10、の次に来るジンクピリチオンを開発すれば相当の売上が見込めそうだ。

食品は口に入れるものだけにあまりに化学(科学)的用語はかえって敬遠される。乳酸菌の差別化のためにアルファベットの開発記号的ネーミングと開発者の名前から取ったネーミングの争いをみていると、長期的には「飛びすぎた」ジンクピリチオンは、記号性から情緒を派生させる(広告宣伝で)ことをしないと負けるのではないだろうか。あと、ジンクピリチオン効果はマイナス方向でも使われる。「不飽和脂肪酸」は体に良くないと言われると確かにそんな気がしてくる。糖質まで悪者にされる昨今、ジンクピリチオン効果の開発は難しい。

関係ないが、自分にとって最近のジンクピリチオン用語は「エピジェネティクス」である。なんか神秘的であり、科学の匂いもする。少しエロティックな方が良いかも。

心は強い! 心理学的免疫システムはサイコパスではない

第24弾。「持続時間の無視」「インパクトバイアス」は心理学的免疫システムと説明されるようだ。試験に落ちたら、カレ(彼女)にふられたら、自分は相当なショックを受けて容易に立ち直れない。と思い詰めていても、実際に試験に落ちたり、ふられたりした時のショックは予想より小さく、予想より早く立ち直るらしい。生きていくためにはありがたい認知バイアスではある。でも中にはそれがきっかけでマイナス思考が継続して心を病んでしまう人もいる。そういう人はこの免疫力が弱いのだろう。また、試験に落ちたら、ふられたら、オレ(私)は死ぬと周囲を巻き込んで騒いでいた人がその場面で平然とし、すぐに立ち直るのを見ると騙された気がするが、この免疫システムが働いたと思えば、腹立たしさも減る。

MR的こじつける。FGIなどで「この商品がなくなったら困る。買うものがなくなる」と言っていた消費者が、棚からその商品が消えたことにも気づかず、平然と違う(ライバル)商品を買っている場面が想像できる。MRで将来の意識や行動を精確に取ることはできないとはわかっていても購入意向、継続意向を聞きたくなる。リサーチャーの宿命か。

心理学的免疫システムは「自分の死」でも働くのか、死ぬのは怖いし、イヤだし、もし医者から余命宣告を受けたら「自殺」してしまうかもしれないと取り乱していても実際に医者から「もう、有効な治療手段はありません。緩和ケア病棟へ」と宣告されても案外、平気でいられるようである。本人はショックなのだろうが、事前に予想したより淡々としている。あとは死ぬ瞬間にもこの免疫システムは作動するのかな。死んでしまうのだから「継続時間の無視」は考えられないか。

池谷先生の最新本で、死ぬ瞬間の脳の活動が記録されたとの記事があった。手元にないので不正確だが、最終的に数秒間、ガンマ波?が記録されるそうだ。ガンマ波は脳全体が最大限の活動をする時に出るらしい。臨死体験もこれだろうし、古い表現の「走馬灯のように」も案外正しい例えなのかもしれない。

先行刺激(プライマー)を調査し、後続刺激(ターゲット)の処理促進

第23弾。「プライミング効果」は、先行する刺激(プライマー)によって、後続刺激(ターゲット)の処理が促進または抑制される現象。脳科学的説明(作用機序)もわかっているらしい。池谷先生は、記憶力テスト(単語の思い出し)で心理テストと宣言してからと、記憶力テストと宣言して実施する2グループの結果を比較する例をあげている。結果は、記憶力テストと宣言されたグループの高齢者の成績が有意に悪くなる。「歳を取ると記憶力が悪くなる」という認知(プライマリー)によってターゲット(記憶再生)の処理が抑制されたわけである。老人というコトバを聞いたあとでは、老人のように歩くし、ゆっくり歩いたあとは老人というコトバへの反応が高くなる。ということでこの反応(効果)は無意識のうちに起こる。

マーケターは無意識にこのプライミング効果を使っている。「香り高い淹れたてコーヒー」とうたった店や商品は香りがよく、美味しく感じる。塩分のとりすぎは生活習慣病につながるという認知が世の中で成立したとの調査結果あれば、減塩を訴求すれば良いし、そういった認知が否定されれば、減塩以外の点を訴求すればよい。

マーケティング的に先行刺激をコントロールすることができない(コストと時間がかかりすぎる)場合が多いが、現在、どのような先行刺激(いわゆるトレンドでもいい)があるかを調査しておけば、後続刺激(マーケティング施策)を有効に効率的にコントロールできる。

「自分は変わらない」と思っても変わっていく。歴史に終わりはない

第22弾「歴史の終わり錯覚」ヒトは過去に起こった自分の変化よりも将来に起こる変化を少なく見積もる傾向があるそうです。10年前から今も友達である人数と、現在の友達の中で10年後も友だちでいる人数を答えさせると後者の人数が多いそうです。過去、自分に起こった変化に比べ将来は変化しないとの信念が全年齢層で観察できる。ここから「変化の時代は終わった」つまり「歴史は終わった」との錯覚名が付いたそうです。若者の方が新しいこと(変化)にチャレンジする意欲が高いと一般的に言われますが、ここでいう変化とは環境や仕事ではなく自分の嗜好、意思、性格のことです。

MRの現場では、あるブランドのロイヤルユーザーに「今後もこれを買い続けますか?」と質問するとほぼ、100%の継続率が観察できます。将来にわたって自分の好み、嗜好は変化しないとの錯覚を含んだ回答と考えるべきです。当のクライアントとしてはうれしい回答ですが、あまり、信用できません。それよりもロイヤリユーザーに至った過去を詳しく聞いた方が有効な知見が得られます。人は過去(記憶)も将来予測も多くのバイアスにまみれています。だからこそMRの出番があるのです。回答を鵜呑みにしないヒネクレ精神をもったリサーチが重要です。

クラスター錯覚で分析を楽しめ!

第21弾は「クラスター錯覚」これも結構、深刻な問題をかかえていそう。人の脳はランダム、無秩序を認めたがらず、なんらかの規則性やストーリーを作り出しやすい、という傾向(クセ)を持っている。特に同じものの集合や連続(クラスター)に注目しやすい、というものである。勝敗記録(◯と☓)を乱数発生器で作って、連続20個くらいを見せると「調子のいい時期、不調期」などのクラスターや「前半は頑張ったのに、後半は良くなったのは」とかのストーリーで解釈したがるのである。完全な無秩序やランダムネスは「不安」や「無能のレッテル」に結びつくので、クラスター錯覚やストリー性への固執は感覚的にはわかる。

ここでMRでよく使われるクラスター分析だが、ソフトはまず、ランダムネスのチェックを行ってから分析を開始して欲しいが、多分そうなっていない。人間が作ったソフトだから、無理やり(と言うか自動的に)クラスターを作っているのではないかと思う。分析結果の解釈は人が行うが、ここでストーリー性を考えないと分析は進まない。クラスター分析の弱点は、その再現性の弱さにあると思う。だから、アドホックにしか使われない。トレンド分析に使えるようなクラスターは、デモ特性など固定のものに限られるようである。ビッグデータ機械学習はこのあたりの解答を出してくれるのか。

ともあれ、MRの分析には、クラスター錯覚やストーリー作りの傾向は必須かもしれない。施策的にアプローチできないクラスターや現実離れした消費行動のストーリー(仮説)をつくらないように注意しながら分析を楽しむ。

傀儡を多く集めて神の意思

第20弾は「アドバイス効果」人は知らず知らず他人の意見・評価に影響され、影響されたことは認識できず、自分独自の意見・評価だと思ってしまう。池谷先生は「人の知性は傀儡」とまで言っている。アイデンティティの危機とも言えそう。バンドワゴン効果と違って雰囲気ではないので一層「こわい」印象である。他人の表現をそのまま真似ることは幼児でなくてもよくある。先日のクソ暑い日の朝のミーティングで「暑いですね」の挨拶に「こりゃ、死人が出ますよ」と答えたら、次に入って来た人の「暑い」の挨拶にそっくりそのまま「こりゃ、死人が出ますよ」と返事した若者がいた。発言の本人が目の前にいるのだから「と、◯◯さんがさっき言ってましたよ」とのフォローがある方が自然だと思う。こういったモノマネでコトバや知識を積み上げていくのが人だが、アドバイス効果は点数評価で観察できる。点数評価は客観的という先入観があるので、自分は他人の評価に影響されないと強く思うのかもしれない。

正確ではないが、MRではデルファイ法がこのアドバイスス効果を意識的に使っているのかもしれない。他人の評価を参照しながら評価・予測を数回修正することで、案外、正しい予測値に落ち着く、というのがデルファイ法だと思う。傀儡の知性も数多く集めれば「神の意思」に近づく。MRの知性の本質はこれではないか。感覚的には平均値、中心極限定理も、と思う。平均値を示すサンプル1個を取り出すことはできるが、そのサンプルの背後には一番大きな山を形成する数多くのサンプルの集合がある。