漂泊者の哀歌

額に雪が積もり
悲壮な音楽は絶え
樹々の細い梢から鳥は去った

明日の雲が地平線に
波とひろがるとき
その純白のシーツの中から
囀りがきこえてくる

だが漂泊者は
きしむ肋骨をふみしめ
聳えたつ尖塔にのぼる

日が暮れると
雲のかげが額にながれ
キラキラする悲しみは
荒い琥珀の山肌をこえて
歌声が遠ざかる

眼をつぶると静かに
地球は廻転し
昴が髭に露を置いた

そのむなしい街ははるかに杳い
さびれた城門に翻る淡青の旗よ


横書きにすると少し雰囲気が変わるが、鮎川信夫の傑作である。
「きしむ肋骨をふみしめて尖塔に登る」強い意志と決意に圧倒された20代のころ。
すでに肋骨は加齢で折れやすくなり、まわりの景色から尖塔は消え、平和そうな平原が広がる。
時代はどっちが不幸なのかわからない。