暗黙知のインタビュー

M・ポランニーの「暗黙知の次元」を読んだのは30年位前だから当てにならない記憶だが、ネジを回すドライバー(ねじ回し)を持つ手(指先)の感触は、ドライバーを通ってドライバーとネジとの接点に至る。更にネジ山を通ってネジの先端に届く。これが暗黙知の次元であり、ここに至るには、初心者はもちろん無理で、ネジを回すベテラン、プロ、職人にならないと不可能である。ということをポランニーが言っていたと思う。ここからは、暗黙知は、体感であり、先端の感覚器官は触覚にということである。

地球の生命は、深海の熱水噴出口付近の酸素がない環境で誕生したとの説がある。それらの細菌はもちろん五感(感覚器官)はない(はず)。進化の過程で嗅覚、味覚が発展し、聴覚も発達して、最終的に「眼の誕生」で最高の感覚器、視覚が生まれたのであろう。豊かに降り注ぐ太陽光を利用した視覚、地球を覆う大気の中から危険情報を察知する嗅覚、食べて、飲んで良いものと毒とを識別する味覚、捕食者と獲物の気配を感じる聴覚と進化圧に適応させて感覚器官が発達してきた。この進化・発展のプロセスで最初に進化したのはおそらく触覚であろう。細胞膜と外界が触れ合うのが最初の触覚か、次に細胞膜と細胞膜が触れ合う触覚から多細胞生物ができていった。このように生命にとった最も原始的な母なる感覚は触覚ではないかと思う。(エビデンスなし)感覚器官の中ではもちろん視覚が王者であるが、触覚、「さわる」という感覚は他の4感覚の中にも潜んでいると考える。もっとも5感覚は相互に浸透的ではあると思う。「眼でさわる」もあるし「指先で見る」もあるので。

先日、池谷先生がこんなツイートをしていた。

<blockquote class="twitter-tweet" data-lang="ja"><p lang="ja" dir="ltr">【身体の拡張】棒で物体に触れるとき、棒が手の延長として一体化したかのように、指先の感覚神経が反応し、精度よく接触位置を感知できるそうです。今朝の『ネイチャー』誌より→ <a href="https://t.co/xViWc1sYqj">https://t.co/xViWc1sYqj(ネズミがヒゲを、クモが巣を使って、物体を感知するときの神経反応に類似しているそうです)</p>&mdash; 池谷裕二 (@yuji_ikegaya) <a href="https://twitter.com/yuji_ikegaya/status/1040248880632221701?ref_src=twsrc%5Etfw">2018年9月13日</a></blockquote>
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 これは暗黙知そのものではないかと思い、その時、インタビューの分析をしていたのだが、まさに暗黙知的な体験の気づきがあった。我々のインタビューは観察(視線)もあるがほとんどはコトバ(聴覚)のやり取りで行われる。時々だが、対象者の発言(ことば)が触覚的な感覚を呼び起こすことがある。まさに対象者のことばに「さわれる」感覚である。このときはあるコトバの意味が論理的でもなく、文学的でもなく広がり、つながって行って、「意味のネットワーク」みたいなものに「さわれる」のである。この感覚(意味のネットワーク)を言語化しないと分析にならないのだが、多くの場合、やがて消えてしまう。

このインタビューにおける暗黙知の獲得はノウハウもなくマニュアル化もできない。ただ、長い体験の中で獲得しやすい体質になることはできる。コトバを聞くことで「意味にさわる」触覚の訓練である。インタビューを「質問と回答」の連続と考えている限り、暗黙知は降りてこない。

絵本とインスタグラム

あるインタビューで20歳の女性が、「ネットを使う時、文章や文字は読まない」と宣言した。「楽天やアマゾンで買い物する時、リコメンドや口コミは見ないのか」とプローブすると「簡単なコメントや文字、価格などの数値は見るが、文章になったらみない、ました長い文章は読まない」「それで買うか買わないか決められる?」「それでないと決められない。文章読みだしたら買わないでサイトから逃げる」とのことで確信的に文章は読まないらしい。この発言に法学部4年生が「確かに長い文章は読まない。六法全書スマホで見ることが多いから、長いものは途中でやめてしまう」との援護射撃があり、少し年上の人から「雑誌にしろ、本にしろ、今までほとんど読んだ記憶がないし、文章を読み始めると(内容が)わからなくなる。との援護があった。バンドワゴン効果もあって、聞いているこちらは「単語は読むが文章は読まない、読めない、理解できない」人たちが一定数固まりでいるとの理解になった。「え!じゃ、雑誌品は読まない?」「雑誌は写真だけパラパラみるが、本は読まない。厚い本は手も出さない」ということであった。この話題は「インスタばっかり見ている、インスタがあれば何でもわかる」という発言から発展してきた。

インスタは、(その店に)行った本人が写真を撮っているので店側が撮った(公式サイト)わざとらしさ、演出がないのがよい。中にはいろいろコメント書く人もいるが基本は読まないで写真だけをざっと見ている。とのことで、案の定、ツイッターは全く見ていなかった。情報はインスタ中心で、インスタで関心を持てば、その先に検索行動がある。インスタのバリアを越えないとマーケティングが成立しない人々の存在が確信できた。(何を今さらのことなのか?)

ここで少し一般化して、インスタに通じるのが絵本なのかと考えて見る。素人が自由に描いた絵本が詰まったサイト。絵の稚拙はカメラでカバーされている。絵本は作家の作品なので、それなりのコンセプトや推敲を経た作品だがインスタは素人が垂れ流す画像の違いはあるが、絵:画像がコトバよりも多い、重視されることは共通である。このとき、インスタだけを見ている人の認識構造と文字・文章の世界が中心の人のそれと何が、どこが、どう違う、のだろうか。インタビューしていてインスタ中心の文章排除の人の認識構造が特に貧しいとも偏っているとも思えなかった。

我々の文明はWebによって「無文字文明」に向かっているのだろうか。

Webは文字を呪っているのかも知れない。

喪失

今年の正月2日に子宮体がんで妻を亡くした。

確定診断から14ヶ月。

その時から死を覚悟させられたので上下の振動はあるもののこころは平穏だった。

妻の心の動きはわからなかった。

人生の振り返りや死、死後の世界の話しはついにでなかった。

ロスがいう拒否から始まる葛藤も見ていて感じられなかった。

劇的なものはなにもない。

葬儀、四十九日、納骨、そして新盆、これで儀式は完了。

彼女の人生が満足できるものだったかどうかはわからない。

不満はたくさんあったろうが、人生に満足かどうかを考えない人だったのでは。

長い夫婦は空気のような関係というが、空気がなくなるのだからそれは息苦しい。

その息苦しさは今でも間歇的に湧き上がる。

でもそれは妻を失ったからではないのではないか、と疑う。

これから先、全てを失っていく。

それが息苦しい。

イメージの喪失

ブランドイメージについて考えていてふと思ったのが、イメージは死語ではないかということである。コトバ的にはイメージの反対語は事実とか現実になるのだろうが、今の世の中ウソも含めて事実と現実であふれかえっていて、のんびりとイメージを思い浮かべることもなくなったきたのでは。大金持ちも有名女優もイメージではなく事実・現実を隠すことなくさらしてしまう。有名企業も「先進の」とかのイメージ広告ではなく、こういった商品、サービスといった事実を訴えている。ソニーやホンダがもっていたイメージはパナソニックトヨタとはあきらかに違う輝きがあった。今はそれをあまり感じない。

神秘性、神話性への強い共感がなくなって来ている印象(印象もイメージだが)これもWebのせいか。AIはイメージ形成される前に消えてしまいそう。

 

吉本隆明「共同幻想論」とリエゾンインタビュー

吉本隆明の読者であったことは一種の黒歴史になっている。それはそれとして、換骨奪胎いろいろ利用してリエゾンインタビューの理論づけに使ってみる。リエゾンインタビューは疑似ペアインタビューで、その疑似が豊かな物語(対幻想)を生むという利点を持っている。1on1インタビューは、個人の幻想を物語るもので、モデレーターはいるものの独白に近い。独白は始めるとすぐに行き詰まり、繰り返しばかりになる。それほどゆたかな幻想(物語)を持っている個人は少ない。まして、それがマーケティングテーマだったりすると「たまたま」や「よくわかんないけど」でデッドロックに乗り上げる。

これへの対策がFGIである。3人以上のグループで共同幻想(物語)を作ってもらうのである。個人と違って対話が成立するので、「気づき」や「物語の展開」があるので行き詰まりは少なく豊な共同幻想(物語)が語られることが多い。(業界的にはグループダイナミックスという)欠点はあらかじめ共同体を組織するので、知らず知らず社会規範や関係性の保持の圧力が働き、予定調和的共同幻想に流れ、いちどそこに流れ着くとモデレーターの技量だけでは脱することはできないことである。それどころかモデレーター自身が無意識に予定調和に誘導していたりする。その方が三方(クライアント、モデレーター、対象者の三方)丸く収まるが、新しい物語は生まれない。

個人幻想と共同幻想の間に対幻想を吉本隆明は設定するが、これが結構曲者である。隆明が強く影響を受けたフロイト心理学の影が大きく、性的な対の要素が強い。ここから家族、共同体、国家までを敷衍するのだから、それはそれでスリリングではあるが、マーケティングの世界ではない。この対幻想を性的なことを捨象して対幻想(ペア)を考え直せばよい。マーケティングインタビューでもペアインタビューがあるが、これは夫婦とか恋人同士とか家族全体(ネクサスインタビュー)を対象とするので隆明の対幻想概念をそのまま使える。

リエゾンインタビューはすでに出来上がった紐帯(ペア)に頼ることなく、その場でできたアットランダムな関係性を頼りに対幻想を物語たろうとする新しい方法論である。1on1より優れている点は、新たな対をキーにして2人の共同幻想語るので、個人幻想に沈むことなく、豊かで新鮮な物語が語られる可能性が高い。1人では貧弱な個人幻想がたまたま出会った他者の幻想に刺激され、活性化するのである。しかも、2人であるから社会性は小さく、社会規範や慣習による抑圧も少ない。ここから、共同幻想としての新しい価値が抽出できる。

共同幻想マーケティング的に解釈すると「ブランディング」が当てはまると思う。個人幻想は個人としてのブランド評価と考える。共同幻想は集団としてのブランディングであり、時として個人を阻害する。対幻想としてのブランディングは、そのものよりも共同幻想の歪みを是正してくれると考えている。ただ、個人的にはリエゾンインタビューこそが、ブランディングそのもを表現できると考えている。

*ここでのブランディングは、消費者サイドのブランディングであり、ユーザーブランドストーリ(幻想)である。

新しいインタビュー法『リエゾンインタビュー』

アウラマーケティングラボでは『リエゾンインタビュー』を開発しました。リエゾンインタビューは人(対象者)の認知に「リエゾン効果」を起こさせ、それを観察することでより深い分析やインサイトを得る新しいインタビュー方法です。

リエゾンとはフランス語の語法のひとつです。フランス語は母音の連続を避ける傾向が強い。そのため通常は、語の最後の子音は発音しない「黙音」扱いになる場合が多い。ただ、次の語が母音で始まる場合は、母音の連続を避けるために黙音扱いだった子音が発音されます。

  • mes mains [me.mɛ̃] メマン (私の両手)
  • mes amis [me.z‿a.mi] メミ (私の友人たち) *以上wikipediaより

 

これをアナロジーとして少し強引に定性調査に当てはめたのがリエゾンインタビューです。

インデプスのインタビューは通常は1on1で行われます。ペアインタビューは、夫婦、恋人、親子などの関係性の強い2人を同時にインタビューします。1on1は対象者の生活背景・心理的背景まで詳しく聞き出せることが特性です。ペアインタビューは、ブランド選択やブランドイメージに2人の「関係性」が強く影響する商品ジャンルがテーマの時に有効です。ここで、1on1インタビューを2人同時に行うことを考えました。つまり、形式上はペアインタビューになります。2人の関係性は他人同志ですが、購入ブランドやロイヤリティなどの「共通項」を関係性と定義します。あるブランドのエクストリームユーザーという共通項を2人を結ぶ「関係性」として即席のペアを作ります。この即席ペアの会話や共同作業を観察することで「思いがけない発見」や「インサイト」が分析できる。というのがリエゾンインタビューです。

母音(エクストリームユーザー)が連続することで黙音だった子音が発音されるようになる現象が観察できます。対象者とモデレーター(母音☓子音)の関係性では黙音であったある認知が、ユーザーとユーザー(母音☓母音)の関係性が作られることで黙音扱いだった子音が会話の中に出てきます。その子音は1on1では「気づかなかった」あるいは「特に話す必要を感じなかった」認知や意味のことになります。個人の「幻想(認知)」しか調査できなかった1on1から「対幻想」を越えて「共同幻想・認知」までを調査できる可能性が開けたのです。

リエゾンインタビューは対象者同志に「気づき、発見、再考」の機会を与えます。「あなたはそうだったんですね。私はこうでしたが、考えて見るとこっちの理由かもしれませんね」「自分だけかと思っていたけど、同じように人がいて嬉しかった(安心した)」などの発言が得られればリエゾンインタビューは成功です。分析者をそれを観察しながら分析ストーリーを作ればよいのです。

satisfice回答者

n=1リサーチを他のネットリサーチでやろうとしたら、テーマが表題になってしまった。3つの製品ジャンル(食品)の実態調査からヘビー層を抽出して、そのプロファイリングからペルソナビルドまでを企画した。ヘビー層は直近3ケ月の食用頻度を5段階で質問した。1.ほぼ毎日がヘビーで、5.食べていないをノンユーザーとした。ヘビー層と思われるサンプルのローデータをチェックしていたら、3つの製品ジャンルともに「1.ほぼ毎日」と回答しているサンプルが発見された。製品ジャンル別に分析していたら発見できなかったろうが3ジャンル共通のヘビー層の視点に立ったことで異常サンプルが発見された。製品ジャンル名は具体的に書けないが、常識的には3ジャンル共通でヘビー層になるようなものではない。ローデータを追いかけると、食用頻度だけでなく、「最近増えた」「今後も増える」にも3ジャンルでチェックが入っていた。選択肢は共通に1.がヘビーや増えるとの積極性、5.がノンや減るとの消極性を表現していた。

以上から考えて、このサンプルは画面が表示されたら「自動的に1.を選択」していたと考えられる。ネットリサーチでなければサンプルに連絡して実態を把握する場面だがそれはできない。ではこういったサンプルを予め排除するにはどうしたら良いかと考えたとき、今流行りのAIで回答パターンから発見できるかというとリサーチは毎回フォーマットが違うので事前に排除できるほどのデータが蓄積できないであろう。回答パターンを事後的に分析してリサーチモニターから外す(配信しない)のが現実的であろう。たぶん、サンプルごとに回答時間のデータがあるはずだから極端に短時間で回答が終わったサンプルを排除するのも手かもしれない。

集計方法をいろいろ工夫するのも有効だが、ローデータを直接ながめることも分析に役立つ、というつもりが妙な「闇」の発見になってしまった。