檜皮葺

雨と屋根の記憶。
トタン屋根の前は何だったか、フと思い出した。
母屋は瓦が葺いてあったが、そこから長く伸ばした庇の下に「おかって」(死語)を作ったおやじは自慢気であった。
これによって母屋の土間の「へっつい」は廃止され、火を使う仕事は「おかって」に移って、家の中じゅうが煙にむせることがなくなった。我が家の文明開化である。
このおかっての屋根は最初からトタンだと思っていたが記憶をたどると違っていた。
杉の皮で葺かれていたのだ。
屋根板の上に黒い布かビニールのようなものを敷き、そのうえに下から一定の長さに切った杉の皮を二重か三重に並べ、キリで穴を開けた竹の薄い板で押さえ、その穴に木釘を打ちこんでいた。
これが貧乏人の檜皮葺である。

この屋根での雨音がまた、よかった。
雨は降らず、雫の音でそれを知る。
杉の皮にあたる雨は音を立てないが雫となって流れるとちょろちょろという静かな音を出す。最終的には庭に落ちてピチャピチャと雨らしい音になる。
「あーっ雨だ」と気づくのは降り始めてからしばらくたってから。
たたくことのない流れるだけの雨音はあれから聞いていない。

杉の皮は長持ちしないのではがされ、トタンに葺きかえられ、天窓ができ(これが親父の新たな自慢)、さらに雨樋までできた。
雨樋に集まった水が地上近くで噴き出す姿は新鮮だった。
これによって家の周り庇は短くてすむようになり、雨だれの音もなくなった。

その頃ちょうど前の家が藁葺を止めてトタン屋根になった。
入母屋屋根の急こう配に赤いトタンはどうみても塗りすぎてはみ出した赤すぎる口紅の印象で似合わなかった。
入母屋藁葺の骨組みにトタンは合わなかったし、音もうるさかったのですぐに建て替えられて、藁葺の面影はどこにもなくなった。

ほんの50年前の日本の雨音は今とはだいぶ違っていていたのだ。
そういえば、ユーミンの「雨音に気づいて遅く起きた朝は。。。。」の雨音はどんな音だったのだろう?