メタファーとイメージ

メタファーを使ったインタビューという方法論をここ2、3年研究しているが、思ったようには進んでいない。
数年前の化粧品のメーカーイメージのインタビュー結果で資生堂を象徴するものとして「稟とした女性」が対象者の中から出てきた。
この「凛とした」を資生堂のメタファーとしたが、これがそもそも分析不足だったかもしれない。

凛としたという思考結果は、どういう概念メタファーを使ったのか考えてみた。
メタファーは、表現上のレトリックなだけではなく、思考そのものがメタファーを使って行われている。というのがレイコフが提示した概念である。
よく例に上がるのが、「気分が高揚する」「落ち込む」のように哀楽を上下関係になぞらえて(メタファー、写像として)理解している、というものである。

そこで凛とした、していない、の概念メタファーを考えた。
上下関係で言うと   凛としたが上、凛としていないが下
美醜で言うと      凛としたが美、凛としていないが醜
縦横で言うと      凛としたが起立、凛としていないが寝ている
若・老で言うと     凛としたが若い、凛としていないが老人
明暗なら        凛としたが明、凛としていないが暗
などは言えそうだが、
新旧、善悪、男女、和洋、左右、心身、剛柔、昼夜、などの概念は凛の概念メタファーとしては使えない。(だろう)

このよう考えると「凛とした女性」は資生堂のシンボル、あるいはイメージであって、メタファーにはなっていないのではと思えてくる。
メタファーなのかイメージなのか用語の定義からやり直しが必要であろう。