時間収支仮説と社会脳仮説

ロビン・ダンバー『人類進化の謎を解き明かす』は社会脳仮説と時間収支仮説で現生人類がこのように繁栄したかを説明している。

時間収支仮設とは、現生人類を含む類人猿は集団を作って生活していた。そのときの課題は、時間収支のバランスをとらないと群れ(社会)や個体が崩壊してしまう。

時間収支とは「摂食、移動、強制的休息、社交」の時間の割り振りの問題で厳しい環境の中で、常に130%ほどの赤字になっていたという。摂食はわかりやすい、移動も定住生活ではなく狩猟採集だから、周囲の環境を食い尽くしてしまうので次なる場所へ移動する必要がある。強制的休息は睡眠だけでなく、アフリカの暑さを避けるために昼間の数時間は活動を停止しないと過熱で死んでしまう。生き残るだけでも大変な生活だったわけだ。

社交は群れ(集団)維持のために必須の行動だった。集団生活はストレスを生む(典型が子殺しからわが子を守るメスのストレスらしい)それを解消するのが社交で、具体的には社会的毛づくろいなのだという。(ノミをとっているわけではない)社会的毛づくろいによってエンドルフィンの分泌が促され、エンドルフィンは「愛情ホルモン」ともいわれ、毛づくろいするで互いに平和で愛情ある関係性をつくる。

この愛情は、母性愛とは違い、個対個の関係なので「近しい感情」と言い換えられ、その成立には「心の理論」メンタライジングが前提になる。ここで社会脳仮説の登場ということになる。時間収支のバランスには社会脳仮説が必要である。

一方、社会脳とは関係なく類人猿(現生人類)は2足歩行で4足歩行よりも移動の効率を75%も改善できたとダンバーは計算する。さらに2足歩行は太陽光線を受ける面積が少ないので冷却効果をもたらし、無毛になって汗腺からの汗の蒸発でさらなる冷却効果が得られて昼間の暑い時間も活動できることで時間収支が改善された。その他では食性の変化、肉食や料理によって大きくなった脳が消費するエネルギーを確保できたいう時間収支仮設とは直接関係ない進化もあった。(料理には火を使うが、火を発見してからすぐに日常的に料理ができたわけではなく、火を完全にコントロールするのに10万年単位の時間がかかったはず。とダンバーはいう)

社会的毛づくろいの「社交」時間は、「笑い」を獲得することで合理化された。それから「歌う」こと(ここで岡ノ谷先生のさえずり言語起源論を入れてみてもおもしろい)一緒に踊ること、火を囲んで談笑することが毛づくろいの効果(エンドルフィン)を劇的にあげ、そこから言語が生まれたという。言語から宗教・文化への道のりはそれ以前に比べて楽な進化だったかもしれない。

 

時間収支仮説そのものも新鮮だったが、進化のプロセスで「社交」が社会脳の進化に重要であったという視点が新しかった。