一喜一憂

「そんなに一喜一憂するな。腰がすわってないじゃないか」というような使われ方が多いのだろう。
最終結果は出ていないのに場面場面の状況や途中経過に喜んだり憂いたりすることを戒める表現である。
先が読めない子供や素人は一喜一憂し、経験を積んだ大人や玄人は落ち着いて最終結果を待つ余裕がある。

この一喜一憂を最後が「喜」か「憂」で終わることを結果と考えずに、一喜と一憂をそれぞれ足し上げて最終的にどちらの比率が大きかったかで、幸福度、不幸度を表すと考えたらどうなるだろう。
一喜一憂を積極的に行うのである。
この方が感情の起伏が激しくなるので「興奮状態」が維持できる。
きっと基礎代謝量が大きくエネルギー消費も多くなる。
生活が活性化するのだ。

子どもや素人のように一喜一憂するのは決して悪いことではなさそう。
老成したシニアにこの一喜一憂を持ち込むことが市場開拓のキーかもしれない。