上丘への情報が分離できたら

アイトラッキングが捉える視線の動きは上丘がコントロールしている。
上丘からの司令が外眼筋を動かしたり、頭(顔)の方向を制御している。
もちろん上丘は網膜からの情報に反応するので視覚と視線の動きに齟齬は生まれない。
網膜上で右から左に急速に動く動くものがあれば、視線は自動的にそれを追う。
それが獲物や捕食者であろうとなかろうと急速に動くモノは利得(食料)かもしくは損失(危険)をもたらす可能性が高いのでこの反応は進化生物学的に進化してきたものであろう。

上丘への情報はもうひとつ前頭葉からもたらされる。
前頭葉へは視床から視覚野、頭頂葉を経て網膜の情報が来ている。
ご存知、前頭葉はヒトの認知機能を司る「人間らしさ」の中心である。
網膜からダイレクトに来る視覚情報と前頭葉で認知処理された間接的?な視覚情報が上丘に来て視線をコントロールしている。

アイトラッキングデータはこの2つを区別してくれない。
(上丘そのものも区別していないだろうから分離測定は無理)
この不分離が「見ているのに見えてない」「見ていたのに記憶に全くない」という現象の原因なのでは。
という仮説を設定してみた。
網膜から直接上丘に来て動いた視線は、視床も視覚野も経ていないので「見た」という事実さえ記憶に残らない。
前頭葉まで行った視覚情報はヒトの認知機能の様々なバイアスを受けるので歪んでいる。(見たいものしか見ない、など)
こうしてアイトラッキングデータの分析は難しくなる。

もちろん、上記の仮説の検証は科学者でなくてはできない。
我々マーケティングに関わる人間は科学的でなくても「使えるデータは使う」というプラグマティックな傾向が強い。
次回のセミナー(6月1日)では仮説の検証ではなく、仮説の使い勝手の判断をめざしたい。
アイトラッキングデータにインタビューで迫る。