学者さんは大変だな

文学以外の本といえば、学者やジャーナリストが書いているものが多いので当然だが、ここで神永正博「食える数学」、岡ノ谷一夫「さえずり言語起源論」、川島隆太「さらば脳ブーム」の現役の学者さんの本を3冊を読んだ。
3人に共通しているのは自分の研究成果をなんとか一般社会に還元したい、啓蒙したい(アウトリーチというらしい)と強い意思を持っていること、反面、査読つき学会誌に何本かの論文を投稿、掲載されないと学者世界で生き抜いていけないという現役意識も強い、の2点であろう。
偏見かもしれないが、日本人ノーベル賞学者は学者生活の集大成としての受賞という人が多いような気がする。
若くして受賞した利根川進中村修二、は今どうしているのだろう。田中さんは地道に仕事をこなしているような印象があるが。

岡ノ谷さんと川島さんは脳科学者という範疇に入るのだろう。(神永さんについては前に書いた)
意味の進化は社会淘汰によって、文法の進化は性淘汰によってもたらされたとして、言語の起源を解き明かそうとする岡ノ谷さんの視点には興奮したが、川島さんに言わせれば、「小鳥のさえずり」をどうこねくりまわしても人間の言語の起源にはたどりつかないだろう、ということになりそうだ。(そうは、もちろん書いてないが)
川島さんは意図したかどうかは別にしてマーケティング的に大成功してしまい、それが原因で棲家の学者村のイジメにあっているようだが、本を読んで、性格的にもイジメを引き込みそうな印象をもったがこれも偏見か。

学者さんは学者世界(学者マーケット)で成り上がってボスとして一般世間とは隔絶して君臨することもできたのだろうが、いまやどこも「透けて見える」ことが要求されて生きにくくなっているようだ。
学者になるというのは起業に似ていて、資金調達(研究予算の獲得)から事業計画まで1人でやらなければならないから大変だ。
ロッキングチェアでパイプをくゆらせて本を読んでいればいい、という訳にはいかないらしい。

就活に失敗したから大学院にでも、は通用しないのだろう。
どこの世界も大変だ。

中村修二ノーベル賞をとってなかったようですね。