パッケージデザインで元気になる

最近、言われなくなった気がするが、日本の消費財のパッケージデザインは世界最高水準であるとの言説がある。国際パッケージデザインのコンクールでの受賞という話も聞かなくなった気がする。これも自分の感覚だが最近の新製品のパッケージデザインでも凝ったものは少ない。中身を十分に表現すればよいとのポリシーが見え隠れする。(最も新製品の数そのものが減っている)パッケージデザインで何かを表現しようとするより中身(実質)で勝負ということだろうか。パッケージデザインでいくら気をひこうとしてもSNS等で中身の評価・評判がすぐに伝わってしまうという状況も影響していそうである。(風説化することもある)国内市場の元気のなさも華やかなパッケージデザインが必要とされない状況の原因かも知れない。過剰包装、パッケージを買うのか中身を買うのかわからない、などと批判されていた時代が懐かしくなる。パッケージやラッピングで演出できた価値もあったはずだし、貧しくなる市場でも必要で重要な価値だと思う。

では、成長の止まった元気のない市場でのパッケージデザインの価値をどう生み出すかを考える。思いつくのは、成熟、質素、ミニマル、シンプル、身の丈にあった、ていねいな、質実剛健、など辛気臭いものばかりになる。明るく元気に成長が期待できるようなワードは出てこない。高度成長は2度と来ないことは確かだし、人口減少も止めることはできそうもない。そうしたなかで消費を元気づけるパッケージデザインは何か考えて行きたい。19日のセミナーではそこまでできないが、パッケージデザインの暗黙知を追求していきたい。

 

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