面接重視・人物重視

サラリーマン生活中に、中途採用者の面接を何回か受け持った。
面接で期待できるとした人が入社後伸びなかったり、面接でイマイチだった人が現場で使える人材だったりの結果が多く、自分は「人を見る目がない」と自覚した。
面接官がだまされるのは、
・人あたりがよい
・質問にハキハキ答えて頭の回転がよさそう、速そう
・積極性がコトバや態度に(自然に)表れている
などの見た目の印象である。
これにペーパーテストの成績がよければ、まず合格であろう。

ところが、この中途採用者が現場で「使えない」と烙印を押される。
とにかく、口先ではいろいろ言うが、手を動かさせると支離滅裂になるという。
次第にお荷物扱いになって、早い時期に辞めてしまう。
この失敗を数回繰り返しておぼろげに分かってきたことが、
・ウチの会社に応募するにはもったいないような出身大学や出身企業
・転職が3回目以上
・退社理由が自己都合
・ウチへの志望理由が明確で完璧
などの共通項である。

そうした中で、当時の上司に教えてもらった「人を見る目がない面接官」の対応策がある。
それは、応募者にその場で即興で「作文」を書かせるということだった。
そういう課題があるという事前情報は与えないで、その場で紙と鉛筆を渡し、例えば「自分の生い立ち」などのテーマと15分と時間制限を与えて書かせ、時間が来たら、有無を言わせず回収する。というものだった。

面接終了後、その文章をチェックするようにしたら、確かに上記のような失敗は減らせた。
作文を見て驚いたのは、学歴、職歴はもったいないくらいで、面接では完璧だった人の作文がひどい内容の場合があったことだ。
それは、
・語彙は豊富だが内容が意味不明。論理が破綻ではなく、そもそもない。
・2、3行で終わっている。
・時間制限内に結論(オチ)がかけない。ダラダラと書き続ける途中で終わっている。
などであった。
東大卒で大手シンクタンク出身者で弁が立って人当たりも申し分ない人の文章が、意味不明だったことがある。

こんなことを思い出したのは、最近の小保方さん問題のせいである。
小保方さんとは全く接点はないが、一連の報道を見ていると「ウィルニッケ失語症的性格」というのはあるような気がする。
もちろん、このコトバは自分の思いつきだが。