「話語」と「筆語」とリサーチの「間」

このところというか、前から「話語」と「筆語」の違いを考えている。
「話しことば」と「書きことば」、「音声」と「文字」との関係性というか違いのことである。
「無文字文化」と「文字文化」との違いでもある。
無文字文化の体験は今の日本人ではほとんどゼロであろう。
昭和中期まで行われていた「語り部」からの語りの聴取が最後かもしれない。
自分では、無口だった祖母が時々、昔のことをしゃべり出したこと、幼い頃、父親が戦争体験を相当脚色してしゃべったこと。(脚色はだいぶあとになって気づいた)

「話語」と「筆語」の違いを列挙すると
・「話語」は成長過程で家族や社会と接触すれば自然に習得できるが、「筆語」は学校教育的訓練が必要
・「話語」は使う時は自分の感情に近い部分で発話されるが、「筆語」は感情と遠くなる。
・「話語」には論理の必要性が弱いが「筆語」で論理を無視すると理解されない。
・言い換えれば「話語」は文脈依存で済むが「筆語」は一定レベルの論理が必要
言語学ソシュール)は「話語」(パロール)ではなく「筆語」(ラング)を研究対象とした。(している)
ということになろうか。

ここでマーケティングリサーチは「話語」を使ってやるのがいいか「筆語」を使ってやるのがいいのかを考えてみたい。
一般には定性調査(インタビュー調査)は「話語」を使い、定量調査は「筆語」(調査票)を使う。
では、インターネットリサーチはどうか。
現在のところ、対象者の画面に「筆語」(質問文)が呈示され、多くの選択肢の中から選ぶという方式が採用されているので定量調査になる。
ところがネットリサーチの原票(ダンプリスト)を見ていて、対象者は「話語」的反応(=回答)をしているのではないかと疑問をもった。
相手(調査票)の会話(質問)に延髄反応的に回答していても論理チェックは相手がしてくれるので自分の回答の論理性は考えなくてよい。手間のかかるOAにも「特になし」と書けば済んでしまう。
ここには「話語」(=会話)に必要な「間」や「空気・雰囲気」がないのである。
今はほとんど行われない調査員による訪問面接調査は「話語」と「筆語」を組み合わせた唯一の調査方法であり、対象者の「感情」と「論理」の橋渡しをしていたともいえそうである。

エスノグラフィーは「筆語」分析(=資料・文献分析)にもウエイトがあるが、マーケティングリサーチにおけるエスノは「話語」に偏ると思われる。

落としどころがわからなくなったが、これからも考え続ける。